マンション管理士 弁護士 土屋賢司

弁護士法人東京総合マンション管理法律事務所

東京地判平成4年5月22日(判時1488号137頁):理事長が個々の区分所有者に対して負担する報告義務の範囲

私は、弁護士の中では極めて少数派ですが、マンション管理に関わる業務を中心に活動しています。その関係で、多くの理事会や総会に参加し、毎日のように理事や区分所有者、マンション管理士、管理会社の担当者等から相談を受けています。

 

その中で、理事(長)が過剰な負担を強いられて困っているという相談の一つとして、特定の区分所有者からの大量の意見や質問への対応、分かりやすく言えばクレーマーに対する対応業務があります。

 

もちろん、区分所有者が、総会に出席したり、あるいは管理人などを通じて、マンション管理についての質問をしたり意見を述べることは、何の問題もありません。

 

問題になるのは、いわゆる「クレーマー」住民からのものです。勝手な妄想や根拠のない独断的な主張を前提にして、同じことを何度も質問したり、理事(長)が自分の意に沿う回答をするまで、繰り返し回答を求めてくるのです。理事(長)個人に対する攻撃が含まれることも少なくありません。

このような過剰要求や個人攻撃が繰り返されると、まじめな理事(長)ほど対応に苦慮し、疲れ切ってしまいます。それを見ている他の理事も、当然、理事会活動への意欲を失い、自分の任期が終わるまで静かにやり過ごすことしか考えられなくなります。

 

他方で、クレーマーが決めゼリフのように言うのが、「理事(長)は委任契約の受任者なんだから、区分所有者である自分に対して説明責任がある。質問に答えないのは義務違反だ。」という主張です。

理事(長)といえども通常は法律の素人なので、「(準)委任契約」や「説明義務」、「報告義務」などの“それらしい言葉”を並べられると、明確に反論できないことが多いでしょう。

また管理会社の担当者も、法律問題については明確な回答をすることができません(知識や能力の問題ではなく、弁護士法違反になることを回避せざるを得ないのです。)。

 

そこで、この裁判例をご紹介します(東京地判平成4年5月22日 判時1488号137頁)。理事(長)を過剰な負担から解放してくれるものと考えます(なお、下でご紹介する裁判例がクレーマー事案であったということではなく、クレーマーに対応するときに活用できる先例という趣旨です。)。

 

(結論)

理事長は、個々の区分所有者の請求に対して、直接報告する義務を負わない。

 

(理由)

①理事長は、総会決議と理事の互選により選出されたのであり、個々の区分所有者から管理者となることを直接委任されたものではない。

したがって、個々の区分所有者の受任者であるとみることはできない。

②区分所有法43条は、管理者(理事長)の報告義務について、少なくとも毎年一回招集される集会(総会)においてなされることを予定している。

  

(引用元:ウエストロージャパン) 

主  文

 一  原告らの請求をいずれも棄却する。

 二  訴訟費用は原告らの負担とする。

 

理  由

第一  請求

一  被告は、原告ら各自に対し、別紙文書目録記載の文書を閲覧させ、かつ、その写しを交付せよ。

二  被告は、原告ら各自に対し、別紙報告事項目録記載の事項を文書により報告せよ。

 

第二  事案の概要

  本件は、別紙物件目録記載の一棟の建物(以下「本件建物」という。)の専有部分の区分所有者である原告らが、「建物の区分所有等に関する法律」(以下「区分所有法」という。)二五条所定の管理者(以下、「管理者」という。)であつた被告に対し、区分所有法二八条が準用する民法六四五条の委任終了後の報告義務の定めに基づき、被告が管理者に就任中又は就任前にされた業務に関する文書の閲覧・写しの交付及び書面による報告を求めた事案である。

 

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告らは、それぞれ本件建物の専有部分の区分所有者である。

(二) 本件建物の区分所有者(店舗一二戸、住居四三戸、合計五五戸)は、全員で、区分所有法三条の区分所有者の団体である「ダイアパレス町屋管理組合」(以下、「管理組合」という。)を構成し、同法に定める集会である「総会」を開き、同法に定める規約である「ダイアパレス町屋管理規約」(以下、「管理規約」という。)を定め、同法の管理者である「理事長」を置いている。

(三) 被告は、昭和六三年四月一七日から平成二年六月二日まで、理事長の地位にあつた。

 

2  総会の決議と特別委員会への委託

(一) 昭和六〇年一月ころ、本件建物の東側に、町屋駅前東地区市街地再開発組合(以下「再開発組合」という。)が高層ビル(以下、「再開発ビル」という。)を建築する計画が発表された。

(二) 再開発ビルが建築されることになれば、本件建物にもそれに伴う諸問題が発生することが予想されたことから、本件建物の区分所有者のうち有志数名は、昭和六〇年一〇月ころ、この問題に取り組むための「再開発特別委員会」を作り、理事長と連携しつつ、諸問題の検討や再開発組合との交渉を開始した。

(三) 本件建物の区分所有者は、昭和六一年五月一日の総会において、前項の「再開発特別委員会」を管理組合における正式な集団と認め、区分所有者のためにする再開発組合との交渉、合意及び事後処理等を右委員会(以下、「特別委員会」という。)に取り扱わせる旨決議し、特別委員会委員六名を選出した(以下、右決議により特別委員会に取り扱わせることとした、再開発組合との交渉、合意及び事後処理等を、「本件事務」という。)。

(四) これを受けて、当時の理事長松本宗雄は、昭和六一年五月一日、特別委員会(委員長竹中成司)に対し、本件事務の処理を委託した。

 

3  特別委員会による本件事務の処理

(一) 特別委員会は、再開発組合と交渉の結果、昭和六一年六月一〇日ころ、同組合との間で、再開発ビル建築に伴う補償問題に関する覚書を締結し(争いがない。)、同年一〇月二四日、同組合から、工事迷惑料として二二〇〇万円を受領した(以下「補償金(一)」という。)。

(二) 特別委員会は、昭和六一年一二月二五日ころまでに、補償金(一)の使途及び区分所有者に対する分配方法を定め、そのころ、該当する区分所有者に対し、これを支払つた。

  なお、その際、原告高には三〇万円(争いがない。)、同高藤には三万円の支払がされたが、同石黒及び同榎本には何の支払もされなかつた。

(三) 更に特別委員会は、昭和六一年一二月一五日、再開発組合との間で工事協定書を締結し、再開発ビルの本件建物側に面する廊下部分に目隠し板を設置すること及び再開発組合が日照その他の迷惑料等の補償金を支払うこと等を合意した。

(四) 右目隠し板の設置は法令上許されないことが判明し、実現しなかつたが、特別委員会は、昭和六三年四月一二日、再開発組合から、目隠し板の設置に代わる補償等として、一三〇〇万円の支払いを受けた(以下「補償金(二)」という。)。

(五) 特別委員会は、昭和六三年五月二六日ころまでに、再開発ビル側に面する専有部分の区分所有者に対しては現金ではなくエアコン等の現物を支給すること及び補償金(二)の使途を決定し、そのころ、該当する区分所有者に、希望の物品を支給した。

(六) また、特別委員会は、昭和六三年一一月二五日から、補償金(一)(二)の内二二〇〇万円を用いて、本件建物一階中央通路・玄関等の改修工事をした(右工事がされたことは争いがない。その余の事実につき、《証拠略》)。

 

二  争点

1  管理者である理事長は、その取扱う事務に関し、区分所有法二八条で準用される民法六四五条により、個々の区分所有者の請求に対し、直接報告すべき義務を負うか否か。

2  右1が肯定される場合、区分所有法上本来管理者である理事長の取扱う権限に属しない事項であつても、総会が当該事項に関する事務を特別委員会に取り扱わせる旨決議し、これに基づき理事長が右事務を同委員会に委託したときは、理事長は、右事務につき、区分所有法二八条で準用される民法六四五条の報告義務を負うか否か。

 3  右1、2が肯定される場合、区分所有法二八条で準用される民法六四五条の報告義務には、文書の閲覧・写しの文付及び文書による報告の義務が含まれるか否か。

 

第三  争点に対する判断

一  争点1(理事長は直接区分所有者に報告すべき義務を負うか否か)について

  区分所有法二八条は、「この法律及び規約に定めるもののほか、管理者の権利義務は、委任に関する規定に従う。」と定め、民法六四五条は、受任者は委任者の請求あるときはいつでも委任事務処理の状況を報告し、委任終了の後は遅滞なくその転末を報告することを要する旨定めている。

  そこで、本件において管理者である理事長が個々の区分所有者の請求に対して直接その取扱う事務に関する報告をする義務を負うか否かにつき検討するに、本件においては、以下の理由により、管理者である理事長は、管理組合の総会において右の報告をすれば足り、個々の区分所有者の請求に対して直接報告する義務を負うものではないと解するのが相当である。

  すなわち、区分所有法二五条は、規約に別段の定めがない限り集会の普通決議により管理者を選任する旨を定めているところ、本件においても、管理者である理事長は、右二五条及び管理規約の規定により、区分所有者の過半数が出席した総会で議決権(一住戸一店舗につき一議決権)の過半数により選任された理事数名の中から、互選によつて選出されたにすぎず、個々の区分所有者から直接管理者となることを委任されたものではないから、右理事長が個々の区分所有者の受任者であるとみることはできない。また、区分所有法四三条は、管理者の取扱う事務の報告義務につき、「管理者は、集会において、毎年一回一定の時期に、その事務に関する報告をしなければならない。」と規定し、更に同法三四条一項二項は、管理者に集会を招集する権限を付与するとともに、少なくとも毎年一回集会を招集する義務を定めている。したがつて、区分所有法は、管理者の取扱う事務についての報告は、右の集会においてされることを予定しているというべきである。そして、管理者が右の報告を怠るときは、区分所有者の五分の一以上で議決権の五分の一以上の要件を備えた者が管理者に対し集会を招集するよう請求する権利を持ち、それでも集会が招集されないときは、右請求をした区分所有者が集会を招集することができるとされているから(区分所有法三四条三、四項)、管理者が集会の招集を怠ることで報告義務を回避する場合が仮にあつたとしても、区分所有者が集会で報告を受けるための方途は講ぜられているということができる。

  したがつて、前記のとおり、管理者である理事長と個々の区分所有者との間に個別の委任契約が認められない本件においては、管理者である理事長がその取扱う事務につき個々の区分所有者の請求に対し、区分所有法二八条、民法六四五条により直接報告をする義務を負担すべきものとはいえない。

 

二  そうであるとすれば、管理者である理事長がその取扱う事務につき区分所有者の請求に対し直接報告する義務を負うことを前提とする原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

 

以上