マンション管理士 弁護士 土屋賢司

弁護士法人東京総合マンション管理法律事務所

東京高判平成30年3月15日(ウエストロージャパン):区分所有者は管理組合(理事会)の管理不備等を理由に滞納管理費等の支払いを拒絶(同時履行を主張)することはできない

私は、弁護士の中では極めて少数派ですが、マンション管理に関わる業務を中心に活動しています。その関係で、多くの理事会や総会に参加し、毎日のように理事や区分所有者、マンション管理士、管理会社の担当者等から相談を受けています。

 

特定の区分所有者が、理事会や総会で自分の意見が採用されないことに不満をもち、「理事会がきちんとした管理を実施するまで管理費は払わない(同時履行)。」、「理事会が管理を怠っているので、私が自腹で管理行為をした。私は管理組合に対して求償権を持っている。滞納した管理費はこの求償権で相殺する。」と主張することがあります。

 

もちろん、理事会は、すべての区分所有者が公平にサービスを享受できるように管理すべきですし、仮に管理組合の業務を何らかの事情で区分所有者が代行したような場合には、その費用を填補すべきでしょう。

 

問題になるのは、いわゆる「クレーマー」住民が、勝手な妄想や根拠のない独断的な主張を前提に、理事会の活動に反対する手段のひとつとして、管理費等の同時履行や、求償権による相殺を主張する場合です。

このような場面でクレーマーが狙っているのは、管理費等の支払拒否そのものではなく、むしろ理事会に対して、「クレーマーの主張に対応した後でなければ管理費等を請求できない。」と誤解させることです。

理事会は、クレーマーから同時履行や相殺を主張されると、まずはクレーマーの主張内容に反論したくなりますよね。適正に活動している理事会であればあるほど、まずは理事会の活動内容について十分に説明し、クレーマーの主張の間違いを正した上で、理事会の正当性を理解してもらいたくなる気持ちはよく分かります。

しかし、理事会がどれだけクレーマーと議論を尽くしても、クレーマーが納得することはありません。

なぜなら、クレーマーの目的は、問題の解決ではなく、自分の知識をひけらかして承認欲求を満たすことだからです。どれだけ説明しても納得することはなく、たとえ理事会から論駁されても、さらに争点をずらしながら、いつまでも議論を続けたがるのがクレーマーです。

 

通常であれば、理事会は、住民が管理について疑問を感じている場合、まずは説明と議論によりその問題を解決した上で、納得した住民から管理費等を支払ってもらいたいと考えます。住民も、理事会による説明で疑問が解消すれば、納得して管理費等を支払うでしょう。

しかし、クレーマーの場合は違います。通常の①議論による問題解決→②管理費等の支払いという2段階を悪用し、①の議論に理事会を引きずり込む手段として、②を持ち出すのです。

 

 そこで、この裁判例をご紹介します。理事(会)を過剰な負担から解放してくれるものと考えます(なお、下でご紹介する裁判例がクレーマー事案であったということではなく、クレーマーに対応するときに活用できる先例という趣旨です。)。

 

(結論)

区分所有者は、管理組合(理事会)の管理業務の不履行を理由に、滞納管理費の支払の拒否(同時履行の主張)をすることができない。

 

(理由)

①規約に基づき区分所有者が管理組合に支払うべきものとされている管理費等は、マンション及び敷地全体の日常の維持管理業務、修繕業務をはじめとする、管理組合としての諸活動を行うための原資となるもの。

②共用部分についての維持管理業務等は、個々の区分所有者の管理費等の支払と直接の対価関係がない。

③したがって、区分所有者の管理費等の支払義務と管理組合による共用部分の修繕義務は、いずれも規約上の義務であるとしても、その間には、履行上の牽連関係はなく、同時履行の抗弁は認められない。

 

 

(引用元:ウエストロージャパン) 

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

 

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

 

第2  事案の概要

1  本件は,原判決別紙物件目録記載1の区分所有建物(以下「本件マンション」という。)の区分所有者全員で構成する管理組合である被控訴人が,本件マンションの区分所有者である控訴人に対し,管理規約に定める平成23年5月分から平成28年7月分まで1か月当たり1万2000円の管理費及び補修積立金(以下「管理費等」という。)合計75万6000円及び上記各月の管理費等に対する各支払期日の翌日から各支払済みまで管理規約に定める日歩5銭以下である年18.25パーセントの割合による遅延損害金の支払を求め,これに対し,控訴人が本件マンションの共用部分に起因する雨漏りがあり,その修繕義務と管理費等の支払義務は履行上の牽連関係があるとして,同時履行の抗弁を主張した事案である。

  原審は,控訴人の上記同時履行の抗弁を認めず,被控訴人の請求を全部認容した。

  控訴人は,これを不服として,本件控訴を提起した。

 

2  前提事実

 (1)  被控訴人は,建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)3条に基づき,本件マンションの区分所有者が,全員で,建物並びにその敷地及び附属施設の管理を行うために構成する団体である。

 

 (2)  控訴人は,平成13年1月9日,本件マンションの原判決別紙物件目録記載2の建物(以下「本件専有部分」という。)を競売により取得し,以降,現在に至るまで本件専有部分を所有している本件マンションの区分所有者である。

 

 (3)  本件マンションに係る区分所有法30条の規約である「X管理組合規約」(以下「本件規約」という。)には,次の定めがある。 (乙3)

ア 被控訴人は,管理業務として,次の業務を行う(15条(1))。

敷地及び共用部分等の点検,定期保守,清掃等の維持管理,共用部分等の諸修繕,建物及び敷地の固定資産税・都市計画税及び共用部分等の水道料金等の配分,徴収,共用部分に付保する損害保険契約に関する事項並びにその他日常の維持管理に関する業務

イ 組合員は,上記アの業務を行うために必要な費用,管理費(月額)を支払うものとする(22条1項)。

ウ 管理費の内訳は,次のとおりとする(27条)。

  共用部分等の水道料,揚水用ポンプ等の動力費,共用部分等の電灯費(門灯,廊下),事務処理費,廊下,共用部分等の清掃費,町会その他渉外業務の一般経費,清掃用器具及び消耗品の購入費,照明器具及び消耗部品購入費,ゴミ処理費,給水タンク投薬代経費,決算事務費

エ 組合員は,下記オに掲げる業務を行うために必要な費用として,管理費用の他に補修積立金(月額)を支払うものとする(22条2項)。

オ 補修積立金は,次の目的のために支出されるものとする(27条2項)。

  外壁,内壁,床,手すり,天井,ホール等共用部分等の補修,修繕費(塗装を含む。),揚水用ポンプ等受電,配電設備,の取替修繕費,不慮の事故その他の事由による共用部分等の修繕費

カ 管理費等は,翌月分を毎月末日までに支払い,管理費等を滞納した場合には日歩5銭の割合による遅延損害金を組合に支払うものとする(23条1項,3項)。

キ 平成3年3月30日以降は,管理費の額は1か月3000円,補修積立金の額は1か月9000円であった。

 

(4)  控訴人は,平成23年5月分以降の管理費等を支払っていない。(争いのない事実)

 

3  当事者の主張

 (1)  控訴人の主張

平成22年6月頃から,控訴人が所有する本件専有部分の天井から雨漏りがするようになったが,その雨漏りが発生した原因は,控訴人が依頼した調査の報告書(乙1)及び被控訴人が依頼した調査の報告書(乙2)によれば,共有部分の分電盤である可能性が高く,被控訴人が,共有部分である分電盤について管理組合として本来行うべき管理,保全をしていなかったため,その結果として,本件専有部分に多大の損害を与えたものと考えられる。

  被控訴人が本件規約に基づき共用部分等の修繕義務(調査義務,修繕義務)を負うところ,このように,控訴人の区分所有部分(本件専有部分)に損害が生じた原因が共用部分の不具合にあるから,被控訴人は本件規約に基づき同不具合部分の修繕義務を負い,他方,控訴人の管理費等の支払義務も本件規約に基づいて発生しているのであるから,いずれも本件規約に基づき発生した被控訴人の同不具合の修繕義務と控訴人の管理費等の支払義務とを相互に関連的に履行させることが当事者の公平に適するというべきであって,両債務の間には履行上の牽連関係が認められるべきである。被控訴人が控訴人に送信した通知書(乙4)にも,被控訴人が修理代金を支払うことを前提として,控訴人が滞納管理費等を直接被控訴人に支払わず,修理業者の代金の一部に充当し,残額を被控訴人は負担する旨が記載されており,被控訴人の修繕義務と控訴人の管理費等の支払義務との同時履行を確認したものであるから,被控訴人が同時履行を否定するのは信義則(禁反言)に反する。控訴人は,雨漏りが発生したことで,第三者に賃貸することもできず,多大の損害を被っており,本件において,被控訴人が請求する管理費等は僅少にすぎないから,平成23年5月以降の管理費等の全額について支払を拒否できる。修繕義務を履行しない状況で年18.25パーセントという暴利に近い遅延損害金の支払を求めることは信義則にも反する。

  したがって,控訴人は,同時履行の抗弁権を行使し,被控訴人が共用部分の修繕義務を履行しない限り,管理費等の支払を拒否する。

 

 (2)  被控訴人の主張

  控訴人は,本件専有部分の天井からの雨漏りにより天井,壁面が変色し,カビが生じたなどと主張するが,否認する。

  マンションの管理費等は,マンションの区分所有者全員が建物及び敷地の維持管理という共通の必要に供するために自らを構成員とする管理組合に拠出すべき資金であり,この拠出義務は管理組合の構成員であることに由来するものである。マンションの維持管理は,区分所有者の全員が管理費等を拠出することを前提として,規約に基づき,集団的,計画的,継続的に行われるものであるから,区分所有者の一人でも現実にこれを拠出しないときは,建物の維持管理に支障を生じかねないことになり,当該区分所有者を含む区分所有者全員が不利益を被ることになり,管理組合の運営も困難になりかねない。

  したがって,被控訴人の修繕義務と区分所有者である組合員の管理費等の支払義務には,牽連関係がなく,同時履行の抗弁は認められない。

 

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の同時履行の抗弁は認められず,被控訴人の請求は全部認容すべきであるから,本件控訴は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。

 

2  まず,控訴人は,一級建築士E作成の調査報告書(乙1)及び株式会社a電設工事部主任F作成の調査報告書(乙2)を根拠として,本件専有部分の雨漏りの原因は,共用部分である分電盤にある可能性が高いから,被控訴人がその原因を究明し,修繕をすべき義務があると主張するが,他方で,被控訴人は,これを否認し,控訴人が本件専有部分について改修工事を実施しているところ,その施工上の問題が本件専有部分の雨漏りの原因である旨主張しており,上記報告書の記載のみからは,本件専有部分の雨漏りが被控訴人による共用部分の管理が原因であるとも,被控訴人が修繕義務を負うものとも認めるには十分ではない。

  この点は措くとしても,本件規約によれば,本件規約に基づき区分所有者である組合員が被控訴人に支払うべきものとされている管理費等は,本件マンション及び敷地全体の日常の維持管理業務,修繕業務をはじめとする,被控訴人の管理組合としての諸活動を行うための原資となるものであって,その共用部分についての維持管理業務等は,組合員である個々の区分所有者の管理費等の支払と直接の対価関係がない。したがって,区分所有者の管理費等の支払義務と管理組合による共用部分の修繕義務は,いずれも本件規約上の義務であるとしても,その間には,履行上の牽連関係はなく,同時履行の抗弁は認められない。

  控訴人は,本件専有部分に損害が生じた原因である被控訴人の共用部分の不具合の修繕義務と控訴人の管理費等の支払義務は,相互の関係性が強く,これらを関連的に履行させることが公平に適するというが,管理費等の上記目的及び性質等に照らし,上記の管理費等の支払義務と修繕義務を相互に関連して履行させることが公平に適するとはいえない。

  また,控訴人は,被控訴人も,通知書(乙4)において,上記の修繕義務と管理費等の支払義務の同時履行を確認しており,本件訴訟において,同時履行を否定するのは信義則(禁反言の法則)に反するというが,同通知書には,まず控訴人が業者に対し修理代前金を支払い,次いで被控訴人が業者に対し修理代残金を支払い,被控訴人の控訴人に対する滞納管理費等の支払請求権と控訴人による修理代前金の立替払による控訴人の被控訴人に対する求償権とを対当額において相殺する趣旨の記載がされているのであって,被控訴人が控訴人に対し,被控訴人の修繕義務と控訴人の管理費等の支払義務とが同時履行の関係となることを確認したものとはいえない。

  さらに,被控訴人が,管理費等を支払わない控訴人に対し,本件規約上定められた遅延損害金を請求することは,信義則に反するものとはいえない。

 

3  以上によれば,被控訴人の本件請求は理由があるからこれを認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

                                                                                                                                以上